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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)5012号 判決 1957年12月26日

原告 山川刀司

被告 東京観光バス株式会社

主文

被告は原告に対し、金四五五、二〇〇円及び内金三六五、二〇〇円に対する昭和三一年七月七日から、内金九〇、〇〇〇円に対する昭和三二年四月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分しその一を被告の負担としその余を原告の負担とする。

この判決は原告勝訴の部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金一、二五五、二〇〇円及び内金一、一六五、二〇〇円に対する昭和三一年七月七日から内金九〇、〇〇〇円に対する昭和三二年四月一九日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、(一)被告は、自動車による旅客運送業を営み、訴外古河井清を自動車運転手として雇入れて右事業の執行に当たらせていた。(二)右古河井清は、被告の右事業の執行として被告所有のバスを運転して昭和三〇年三月二七日午後一〇時五〇分頃、東京都台東区田端新町一丁目九一番地地先道路を、三河島方面から王子方面に向けて進行中、道路中央の工事跡の軟弱な非舗装部分にその右車輛をはまりこませ、これを脱出するため、速度を上げ、ハンドルを左に切つたまま進行した過失により、右バスを同所左側歩道(車道より五寸高くなつていた)に乗り上げて右歩道通行中の原告に衝突させ、よつて、原告に対し、両側大腿骨々折、第三、四右肋骨々折、右前額部割創等の傷害を与えた。(三)原告は、右傷害のため、(1)(イ)昭和三〇年三月二七日から同年一〇月二三日まで病院に入院して療養を受けその費用金三七九、九五〇円(入院料(処置料共)金二〇四、六三〇円、看護料金一〇〇、八〇〇円、マツサージ料三九、〇〇〇円、その他の雑費金三五、五二〇円、内昭和三〇年九月九日以降の入院料金二九、二一〇円、看護料金二一、六〇〇円、マツサージ料金一二、六〇〇円、その他の雑費金四、九〇〇円)、(ロ)退院後自宅においてマツサージ師によるマツサージ療養を受けその費用金三九、七五〇円、(ハ)自宅療養中添附看護人を雇いこれに金一〇、五〇〇円、合計金四三〇、二〇〇円を支払つてこれと同額の損害を受け、(2)昭和三〇年三月二八日から昭和三二年二月二七日まで二三ヶ月間廃品回収業をなすことができず、ために一ヶ月金一〇、〇〇〇円合計金二三〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失つてこれと同額の損害を蒙り、(3)不具者(左足が一寸二分短くなつた)となり、将来一人前の人間として稼働することも出来なくなつてしまい、その精神的打撃は甚大であつて、これが慰藉料として金一、〇〇〇、〇〇〇円の支払を受け得べきものである。(四)ところで、訴外古河井清は、被告の被用者として被告の事業の執行につき前記の不法行為を為して原告に対し前記の損害を加えたのであるから、被告は、同訴外人の使用者として民法第七一五条によつて右損害を賠償する責に任ずべきものである。しかるところ被告は、前記損害のうち(三)(1)(イ)の全部、同(ロ)の内金一八、七五〇円、同(ハ)の内金六、三〇〇円、合計金四〇五、〇〇〇円を原告に代つて支払つてくれたので、これらを控除し、右(三)(1)(ロ)の残金二一、〇〇〇円、同(ハ)の残金四、二〇〇円、同(2)の金二三〇、〇〇〇円、同(3)の金一、〇〇〇、〇〇〇円、以上合計金一、二五五、二〇〇円と内金一、一六五、二〇〇円に対する昭和三一年七月七日から、内金九〇、〇〇〇円(昭和三一年五月二八日以降の得べかりし利益を喪失したことによる損害金)に対する昭和三二年四月一九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだと述べ、被告の抗弁に対し、被告が訴外古河井清の選任及びその事業の監督につき相当の注意をなしたとの事実、被告が原告に対しその主張の如き反対債権を有するとの事実は何れも否認すると述べた。(立証省略)

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中原告の傷害の部位、程度を除くその余の事実は認める。同(三)の事実中原告が右事故による傷害のため、昭和三〇年三月二七日から同年一〇月二三日まで入院療養を受けその費用金三七九、九五〇円を支払つたこと、退院後自宅においてマツサージ師によるマツサージ療養を受けたこと、右自宅療養中附添看護人を使用したことは認める。原告の前記事故による傷害は昭和三〇年三月二七日から同年九月八日まで入院加療することによつて全治すべきものであつたのに、原告は、前記入院中自らギブスを破壊してその固定化を妨害したり等して療養を不必要に長びかせかつ不完全治癒に終らせたのであるから、右九月八日までの療養費金二八六、五九〇円の損害はこれを認めるけれども、その余の入院療養費、自宅に於けるマツサージ療養費、及び附添看護人費用は、被告自ら負担すべきものであつて、これを損害として認めることはできない。原告が廃品回収業者に雇われており、昭和三〇年三月二八日から同年九月八日まで一ヶ月金四、〇〇〇円の割合による収入を得たであろうのに本件傷害のために稼働することができずために右の期間右金員に相当する得べかりし利益を失つたことは認める。原告は、自ら本件事故を求めた疑があり、前記のとおり療養を妨害して不具者となつたのであり、もともと座職の製靴工であるから足の不具は右仕事に影響がなく、従つて本件事故によつて精神的打撃を受けたとなすは失当である。同(四)の事実中訴外古河井清が被告の被用者として被告の事業の執行につき前記不法行為をなして原告に損害を加えたこと、被告が原告主張のとおりの立替払をなしたことは認めると述べ、抗弁として、(A)被告は、訴外古河井清の選任及びその事業の執行につき相当の注意をなしたから損害を賠償する責を負わない。(B)仮りにそうでないとしても、被告は、前記のとおり立替払をなしたが、昭和三〇年九月九日以降の入院療養費分金六八、三一〇円(入院料金二九、二一〇円、看護料金二一、六〇〇円、マツサージ料金一二、六〇〇円、その他の雑費金四、九〇〇円)自宅に於けるマツサージ療養費金一八、七五〇円、及び自宅療養中の附添看護人費用金六、三〇〇円、合計金九三、三六〇円は被告の責に属しないものを被告が原告のために立替払をなしたのであるから、被告は原告に対し、これが返還請求権を有する。よつて、本訴(昭和三二年九月二六日午前一〇時の口頭弁論期日)に於て本件損害賠償債務と右返還請求権とをその対当額について相殺すると述べた。(立証省略)

理由

一、請求原因(一)の事実及び同(二)の事実中傷害の部位、程度を除くその余の事実は当事者間に争がなく、右傷害の部位、程度が原告主張のとおりであることは、成立に争のない甲第二号証によつてこれを認めることができる。それ故、被告は右古河井清の使用者として、同人が被告の事業の執行につき原告に加えた右不法行為にもとつく損害を賠償する責に任ずべきものであることは民法第七一五条の規定に照して明白である。被告は、前記古河井清の選任及びその事業の執行につき相当の注意をなしたからその責を免れると主張するけれども、これを認むべき証拠がないから、右の主張は理由がない。

二、請求原因(三)の事実中原告が前記傷害のため、昭和三〇年三月二七日から同年一〇月二三日まで入院療養を受けその費用金三七九、九五〇円を支払つたこと。退院後自宅においてマツサージ師によるマツサージ療養を受けたこと、自宅療養中附添看護人を使用したことは何れも当事者間に争がない。

そして、証人滝沢三郎の証言によつて真正に成立したものと認める甲第四号証の一、二、三、同証人の証言、原告本人の供述を綜合すれば、原告は、前記自宅におけるマツサージ療養費として自ら金二一、〇〇〇円を支払つたことを認めることができ、右マツサージ療養費として被告が原告のために金一八、七五〇円の立替払をなしたことは当事者間に争がない。

また当裁判所が真正に成立したものと認める甲第五号証証人鈴木りんの証言に原告本人の供述を綜合すれば、原告は前記自宅療養中附添看護人に自ら金四、二〇〇円を支払つたことを認めることができ、右附添看護人に被告が原告のために金六、三〇〇円の立替払をなしたことは当事者間に争がない。

三  成立に争のない乙第一号証、同第二号証の一、二、証人永野あきの証言に原告本人の供述の一部を綜合すると、原告はかつて麻薬中毒者であり前記入院当時もその疑があつたものであつて、入院して本件傷害の療養をなすにあたり、量において通常人の二倍以上の、期間において通常人より遥かに長期にわたつて強く麻薬の施用を要求し、医師においてその施用を抑制すると、怒つて左足につけたギブスを固まりかけた二日間とその後の二回にわたつてこわしてしまい、治療効果に悪影響を及ぼしてその回復をおくらせ、ために入院日数を若干伸長せしめた(証人永野あきはこの期間を一ヶ月半と証言しているけれどもこの証言は今俄かに措信しがたい)ことを認めることができ、この認定に反する原告本人の供述は措信しがたい。右の事実によれば原告が前記行為を為さなかつたならば、原告は昭和三〇年一〇月二三日より幾分早く退院し得たであろうことが認められるのであるが、一方、証人滝沢三郎、吉沢一の各証言に原告本人の供述を綜合すれば、原告は、被告主張の昭和三〇年九月八日当時はもとより同年一〇月二三日においても歩行すらできずなお療養を継続する必要があつたのであつて、退院しても附添看護人なしでは療養も生活も到底なし得ない状況であつたのに、原告には財産が全くなく適当な扶養者もなかつたところから被告において、引取人が原告の引取をなした前記昭和三〇年一〇月二三日まで入院療養の継続を容認したことが窺われ、しかも前記入院療養が本件傷害の療養として不相当であつたものとは到底認められないから、右療養費中の一部を本件傷害による損害ではないとしてもその支払を拒否しようとする被告の主張は相当でない。

証人永野あき、滝沢三郎、鈴木りんの各証言に原告本人の供述を綜合すれば前記自宅におけるマツサージ療養費、及び附添看護人費用は何れも本件傷害の療養に必要かつ相当であつたものと認められ、この認定を左右すべき証拠は見当たらない。

そうすると、前記入院療養費金三七九、九五〇円(内金二八六、五九〇円が損害であることは被告の認めるところである。マツサージ療養費金三九、七五〇円、附添看護人費用金一〇、五〇〇円以上合計金四三〇、二〇〇円が本件傷害により原告が蒙つた直接の損害ということができる。

四、原告が本件受傷当時廃品回収業者に雇われて廃品回収をなしていたことは被告の認めるところであり、原告本人の供述によれば、原告は昭和三〇年二月から右の仕事を始め同月中は半月間で約六、〇〇〇円三月は本件事故発生までに少くとも一〇、〇〇〇円の収入を得たことを認めることができるから、爾後少くともこれと同額の収入を得たであろうと推認することができる証人島田松治の証言はこの認定に反するものではなく、他に右認定を左右すべき証拠はない。而して、原告が前記受傷のため昭和三〇年三月二八日から同年九月八日まで稼働することができずために稼働によつて得たであろうところの利益を失つたことは被告の認めるところであり、原告本人の供述によれば、原告は本件傷害のためその後少くとも昭和三二年二月二七日までは殆んど稼働することができなかつたことを認めることができる。

そうすると、原告は本件傷害によつて昭和三〇年三月二八日から昭和三二年二月二七日まで二三ヶ月間一ヶ月金一〇、〇〇〇円合計金二三〇、〇〇〇円の得べかりし利益を失い、これと同額の損害を蒙つたものと認むべきである。

五、原告が本件傷害によつてその心身に衝繋を受けたことは原告本人の供述によつて明白である。而して右供述によれば、原告は本件傷害のため昭和三一年暮頃にいたつて漸く松葉杖を使用して外出することができるようになつたが、現在左足が一寸二分短い不具となつており、特別注文の履物をはき歩行には杖が必要であること、右不具は再手術することによつて治癒するものであること、原告は資産を有せず、扶養者なく、前記自宅におけるマツサージ療養も費用の関係から昭和三一年二月をもつて打切らざるを得なかつたものであること、昭和三二年一月末頃レンズ工場に見習として五日間勤めたことがあつたが、立つていられないためにそこをやめ、同年九月四日当時においてはポスターを書いて一枚二〇〇円から五〇〇円の収入を得ているがその仕事もたいしたものではないこと、原告は廃品回収業をなすべく前記のとおりその業者に、雇われてこれが見習をなしたのであつたが本件傷害のためさしあたり同業をなす見込がないこと等の事情が認められまた、証人永野あきの証言によれば前記原告の治療の妨害となつた行為が前記不具の原因の一となつていることを認めることができる。

被告は、原告は自ら本件事故を求めた疑がある旨主張するけれどもこれを認むべき証拠がなく、また原告は座職たる製靴工であるから足の不具はその仕事に影響はないと主張するけれども原告がかつて製靴工であつたことは成立に争のない乙第一号証によつてこれを認めることができるけれども、本件受傷当時及びそれ以後において原告が製靴工であつたこと、製靴工を志すものであることはこれを認むべき証拠がないから、進んで判断を加えるまでもなく右の主張は理由がない。

以上の諸事実に既に認定した各事実を併せ考えると、被告は原告に対し本件傷害による慰藉料として金二〇〇、〇〇〇円の支払をなすべきものと認める。

六、被告が原告のため前記入院療養費金三七九、九五〇円、マツサージ療養費の内金一八、七五〇円、附添看護人費用の内金六、三〇〇円の立替払をなしたことは当事者間に争がないから、被告は原告に対し、前記各損害金のうちから右立替金を控除した(イ)マツサージ療養費の内金二一、〇〇〇円、(ロ)附添看護人費用の内金四、二〇〇円(ハ)得べかりし利益の喪失による損害金二三〇、〇〇〇円、(ハ)慰藉料金二〇〇、〇〇〇円、以上合計金四五五、二〇〇円を支払うべき義務があるものと認められる。

七、被告は、右立替金の内昭和三〇年九月九日分以降の入院療養費金六八、三一〇円、マツサージ療養費金一八、七五〇円附添看護人費用金六、三〇〇円、以上合計金九三、三六〇円は被告の責に属しないものを立替払したのであるから原告に対してこれが返還法請求権があり、これをもつて前記損害賠償債務とその対当額について相殺すると主張するけれどもその理由のないことは既に認定した事実から明白であるから、被告の相殺の抗弁は理由がない。

八、そうすると、原告の本訴請求は、前認定の金四五五、二〇〇円と内金三六五、二〇〇円に対する本件不法行為の後たる昭和三一年七月七日から、内金九〇、〇〇〇円(昭和三一年五月二八日から昭和三二年二月二七日までの得べかりし利益の喪失による損害金)に対する昭和三二年四月一九日から各完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるけれども、その余は理由がない。よつて、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条本文、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥羽久五郎)

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